
「リテールメディア」という言葉をご存じでしょうか。デジタルマーケティング業界では今、この領域が急速に注目を集めています。
2024年の国内市場規模は4,692億円、2028年には1兆円を超えるとも予測される成長市場です。しかしこの数字以上に重要なのは、リテールメディアが「デジタル人材に求められるスキルセット」そのものを大きく変えようとしている点です。
転職を考えているデジタルマーケターやデータアナリスト、そして今、なぜ「リテールメディア」が注目されるのか? 2025年、転職市場で求められる新しいデジタル人材像広告運用経験者の方々にとって、この変化は見逃せません。
なぜなら、リテールメディアの台頭は、単なる新しい広告チャネルの誕生ではなく、マーケティングとリテール、データとテクノロジーの融合を象徴する大きな潮流だからです。
本コラムでは、リテールメディアとは何か、なぜ今注目されるのか、そしてこの領域で求められる人材像とキャリアの可能性について、転職市場の視点から詳しく解説します。
目次
リテールメディアとは何か?
リテールメディアとは、小売事業者が保有する顧客データや購買データを活用し、自社のECサイトや実店舗、アプリなどを広告媒体として提供するビジネスモデルです。
従来の広告は、GoogleやFacebookといった第三者のプラットフォームを介して配信されていました。しかしリテールメディアでは、Amazonや楽天市場、イオン、ファミリーマートといった小売事業者自身が広告媒体となり、実際の購買行動に基づいた精緻なターゲティングを実現します。
例えばAmazonで商品を検索した際に表示されるスポンサー広告、楽天市場の店舗ページに表示されるバナー広告、コンビニのレジ横デジタルサイネージに映し出される広告。これらはすべてリテールメディアの一形態です。
重要なのは、これらの広告が「購買の現場」で展開されるという点です。消費者が商品を探し、比較検討し、購入を決断する、まさにその瞬間に広告が届けられる。この「購買意欲が最も高まるタイミング」での接触こそが、リテールメディアの最大の強みなのです。
なぜ今、リテールメディアが急成長しているのか
リテールメディアが注目される背景には、デジタルマーケティングを取り巻く環境の大きな変化があります。
サードパーティCookieの廃止とプライバシー規制の強化
GoogleがサードパーティCookieの段階的廃止を進め、AppleがATT(App Tracking Transparency)を導入するなど、従来のデジタル広告の前提が崩れつつあります。これまで広告配信の根幹を支えてきたトラッキング技術が使えなくなる中、ファーストパーティデータ(企業が直接取得した顧客データ)の価値が飛躍的に高まっています。
リテールメディアは、小売事業者が実際の購買行動を通じて取得したファーストパーティデータを活用するため、プライバシー規制の影響を受けにくいという強みがあります。
ECの普及と購買データの蓄積
コロナ禍を経て、ECの利用は一般消費者の間に完全に定着しました。日本国内のEC市場規模は22.7兆円(2023年)に達し、今後も成長が続くと予測されています。ECの普及により、小売事業者は膨大な購買データを保有するようになりました。
誰が、いつ、何を、どのくらい購入したのか。この詳細なデータこそが、リテールメディアの競争力の源泉です。広告主にとって、実際の購買につながる確度の高いターゲティングができることは、何よりも魅力的なのです。
小売事業者の新たな収益源
実店舗を持つ小売事業者にとって、競争激化と薄利多売の構造は長年の課題でした。リテールメディアは、この状況を打開する新たな収益モデルとして期待されています。
Amazonは既にリテールメディア事業で年間数兆円規模の広告収益を上げており、この成功事例が日本の小売業界にも波及しています。イトーヨーカ堂、セブンイレブン、ファミリーマート、ウエルシア薬局など、大手小売チェーンが相次いでリテールメディア事業に参入しているのは、この収益性の高さが実証されたからに他なりません。
リテールメディアが変える3つのマーケティング常識
リテールメディアの台頭は、デジタルマーケティングの常識を大きく書き換えつつあります。
1. 「認知」から「購買」へのシフト
従来のデジタル広告は、認知拡大やブランディングが主な目的でした。しかしリテールメディアでは、購買の現場で広告が配信されるため、直接的なコンバージョン(購入)が最優先の目標となります。
これは、マーケターに求められるスキルの変化を意味します。クリエイティブやメッセージング以上に、購買データの分析、商品配置の最適化、価格戦略との連動といった、より実務的で数字に直結する能力が重視されるようになります。
2. データ分析力の重要性の高まり
リテールメディアでは、購買データ、在庫データ、会員データ、POSデータなど、多様なデータを統合的に活用することが求められます。単なる広告配信の最適化だけでなく、商品の売れ行きを予測し、適切なタイミングで適切な顧客に広告を届ける高度な分析が必要です。
SQLやPython、BIツールを使いこなし、データから示唆を導き出せる人材の市場価値が急上昇しています。データサイエンティストやデータアナリストにとって、リテールメディアは自分のスキルを最大限活かせる領域と言えるでしょう。
3. 小売とマーケティングの境界線の消失
リテールメディアでは、小売事業者とメーカー・ブランド側が協働してマーケティング戦略を構築します。これは、従来の「小売は販売の場、マーケティングはメーカーの領域」という分業体制を根本から変えるものです。
小売事業者のマーケティング部門は、単なる販促企画から、データドリブンな広告プラットフォームの運営者へと進化しています。一方、メーカー側のマーケターも、ECサイト内での商品露出やコンバージョン最適化といった、より実務的なスキルが求められるようになっています。
求められる人材像の変化
リテールメディアの成長に伴い、企業が求める人材像も大きく変化しています。
従来の「広告運用のプロ」だけでは通用しない
Google広告やFacebook広告の運用経験だけでは、もはや十分ではありません。リテールメディアでは、小売業務への理解、商品知識、サプライチェーンの把握、店舗オペレーションとの連携など、より幅広い知識が求められます。
特に、EC事業者と実店舗を持つ小売事業者では、求められるスキルセットが異なります。Amazonや楽天市場といったECプラットフォームでは、検索アルゴリズムの理解やコンバージョン率の最適化が重要です。
一方、イオンやファミリーマートのような実店舗型リテールメディアでは、来店促進やO2O(Online to Offline)施策の設計が求められます。
データと事業の両方を理解できる「ハイブリッド人材」
今最も市場価値が高いのは、データ分析力とビジネス理解の両方を兼ね備えた人材です。
ある大手EC事業者の採用担当者はこう語ってます。「データサイエンティストは多くいますが、そのデータが事業にどう貢献するかを説明できる人は少ない。逆に、マーケティング戦略は描けても、データで検証できない人も多い。両方できる人材は、年収1,000万円以上でも採用したい」
リテールメディアでは、データ分析の結果を、具体的な施策に落とし込み、実際の売上向上につなげることが求められます。このためには、SQLやPythonといった技術スキルだけでなく、小売業界の商習慣や、消費者の購買心理、商品マーチャンダイジングへの理解が不可欠です。
「越境できる人材」が圧倒的に有利
リテールメディアは、マーケティング、データ分析、テクノロジー、営業、商品企画、店舗運営など、多様な部門が関わる横断的なプロジェクトです。このため、特定の専門領域を持ちながら、他領域ともコミュニケーションを取れる「越境人材」が重宝されます。
例えば、データアナリスト出身でありながら事業企画の経験もある人材、広告運用の実務経験を持ちながらシステム開発にも携わったことがある人材。こうした多様な経験を持つ人材こそが、リテールメディアという新領域で活躍できるのです。
リテールメディア時代のキャリア戦略
では、リテールメディアという成長領域でキャリアを築くためには、どのような戦略が有効なのでしょうか。
今すぐ始められる3つのアクション
1. リテールメディアの実態を知る
まずは、実際にAmazonや楽天市場でスポンサー広告がどのように表示されているかを観察しましょう。商品検索時、カテゴリページ閲覧時、商品詳細ページ閲覧時など、各タッチポイントでどのような広告が配信されているかを分析することで、リテールメディアの実態が見えてきます。
また、セブンイレブンやファミリーマートのアプリをダウンロードし、デジタル広告やクーポン配信の仕組みを体験することも有効です。
2. データ分析スキルを強化する
リテールメディアでは、購買データの分析が中核となります。もしデータ分析の経験が浅い場合は、SQLやTableau、Google アナリティクスといったツールの学習から始めましょう。
既にデータ分析の経験がある方は、EC特有の指標(CVR、ROAS、カート離脱率など)や、リテール業界のKPI(客単価、購買頻度、商品回転率など)への理解を深めることをお勧めします。
3. 現職で関連プロジェクトに手を挙げる
社内でEC強化やデジタル広告の新規施策、データ活用プロジェクトなどがあれば、積極的に参画しましょう。実際の業務を通じて得られる経験は、転職活動で大きな武器になります。
特に、部門横断のプロジェクトや、新規事業の立ち上げ経験は、リテールメディア企業から高く評価されます。
転職市場で評価される経験とスキル
リテールメディア領域への転職を考える際、以下の経験やスキルが特に高く評価されます。
評価される経験
- EC事業者での広告運用・マーケティング経験
- データ分析を通じた事業改善の実績
- 小売業界での商品企画・マーチャンダイジング経験
- 広告代理店でのECクライアント支援経験
- データサイエンス・機械学習の実務経験
- プロダクトマネジメント経験(特に広告プロダクト)
評価されるスキル
- SQL、Python、Rなどのデータ分析スキル
- Amazon広告、楽天RMP(楽天マーケティングプラットフォーム)の運用経験
- Google アナリティクス、BIツールの活用経験
- 購買データの分析と施策立案
- ステークホルダーマネジメント
- 英語力(外資系企業の場合)
結論:リテールメディアがもたらすキャリアの新潮流
リテールメディアは、単なる一時的なトレンドではありません。プライバシー規制の強化、ファーストパーティデータの価値向上、ECの普及拡大という構造的な変化を背景に、今後も成長が続く領域です。
2024年に4,692億円だった国内市場は、2028年には1兆円を超えると予測されています。これは、今後4年間で市場規模が倍以上になることを意味し、それに伴って求人数も急増すると見込まれます。
しかし重要なのは市場規模ではなく、リテールメディアが「デジタルマーケティング人材に求められるスキルセット」を根本から変えつつあるという点です。従来の広告運用スキルだけでなく、データ分析力、事業理解、越境力といった、より総合的な能力が求められるようになっています。
この変化は、チャレンジでもありチャンスでもあります。従来型の広告運用に限界を感じている方、データ分析のスキルを実務で活かしたい方、小売業界のDXに関わりたい方にとって、リテールメディアは魅力的なキャリアの選択肢となるはずです。
変化の波に乗り遅れないために、今日からリテールメディアへの理解を深め、必要なスキルを磨き、キャリアの新しい可能性を探ってみませんか。
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執筆者

針谷 将幸(はりがや まさゆき)|株式会社ウィンスリー キャリアコンサルタント(国家資格)
慶應義塾大学総合政策学部卒業。学生時代にコンサルファームを設立しデータサイエンティスト兼経営者として活動。
その後、国内大手ERPベンダーで営業・ITコンサルを経験後、ヘルスケア領域のコンサルやSaaS企業での中途採用を担当。
現場と人事両面の経験を活かし、キャリア支援を行っている。
▶ 針谷 将幸のプロフィールを見る
※本コラムはマーケティング&DX専門人材会社ウィンスリーの独自の見解に基づき執筆され一部画像も独自に作成したものです。該当企業の公式見解とは異なり、本コラムの責務はすべてウィンスリーにあります。
